1999年8月15日(日) “みくの願いが叶うなら”


 このページはどちらかというと現在進行中の“チェキッ娘”というプロジェクトに焦点を当てて内容を進めているため、すでにチェキッ娘を卒業してソロで活動をしている下川みくにについてほとんど触れていない。

 今回はちょうど下川みくにのソロデビュー2曲目の実データが入ってきたこともあるので、これを検証しながら下川みくにに焦点を当てて書きたいと思う。

下川みくにストーリー

 下川みくには第1回オーディションの合格組=初代チェキッ娘6人のうちの1人である。

 オーディション時の映像がビデオで発売されているが、これを見るとやはりオーディション当時から歌唱力はかなりあったという印象である。

 初期の頃の番組『DAIBAッテキ!!』では彼女はかなりの存在感を示していた。ルックス的な魅力だけでなく、キャラクター的な存在感もあって、今から思えばチェキッ娘の中では少々飛び抜けていた感もある。彼女はチェキッ娘の中ではある種リーダー的な、またある意味では異質な存在であったかも知れない。

 そんな彼女は広瀬香美プロデュースによってソロデビューすることが決まり、同時にチェキッ娘から卒業することになった。今年3月のことである。

 下川みくには4月28日にデビューシングル『BELIEVER〜旅立ちの歌〜/アドレナリン』でポニーキャニオンよりデビュー、7月28日には2ndシングル『If〜もしも願いが叶うなら〜』を発売している。

デビューの頃

 彼女のソロデビュー時、私とチェキッ娘は何の関わりもなかった。

 ただ、ラジオCMで盛んに「チェキッ娘を卒業した下川みくに、広瀬香美プロデュースでソロデビュー」というのが流れていたので、「ふうん、チェキッ娘は1人だけ歌手を育成して解散したのか・・・」と、当時はそんな印象しかなかった。ただ、「広瀬香美プロデュースというのはすごいな」という印象はあった。同時に「広瀬香美というシンガーソングライターもさすがに10代の娘をイメージした曲は自分では歌えないのかな」ということも思っていた。

シングル売り上げ枚数の実績

シングル売上枚数比較(オリコンデータ)

登場週 1st 2nd
1週目 13,550枚(30位) 8,360枚(38位)
2週目 5,360枚(49位) 3,480枚(69位)
3週目 2,390枚(86位) -------------
合計(最高位) 21,300枚(30位) 11,840枚(38位)

 デビューシングルは徹底的な宣伝効果や広瀬香美プロデュースという話題性、2社のCMソング効果もあって初登場30位をマークし、初動売り上げも13550枚を記録した。また、それ以降も順位の落ち方が比較的遅く、3週間のランクインを果たし、チャートイン期間内で21300枚の売り上げを記録した。

 そして注目されていた2ndシングルのデータが入ってきたが、初登場で38位、初動売り上げは8360枚であった。

シングル2曲の数字から見る推測

 まだ1週目の数字でしかないが、デビュー曲と2ndでは客観的に大きな差(初動で5000枚以上の差)が出てしまった。これはどういうことなのだろうか。少し検証してみたい。

 宣伝効果的にはテレビCMを使うなど今回もかなりの費用を投じている。話題性としては2曲目ということで少し薄めの印象。CMソング効果も今回は少し控えめの1社であり、相対的に一般に対する新規開拓という点においてはさほど大きな効果が得られる要素はなかった。

 さて、重要なのは既存ファンの動向である。下川みくにがソロデビューした後でチェキッ娘を知った私のようなファンは、気持ち的に「下川みくにへの思い入れ」というのはあまりないように思う。こういった人たちにはチェキッ娘と下川みくには別という感覚が少なからずあると思う。だからこの第2期に入ってきたチェキッ娘ファンで下川みくにのシングルを買った人は数字的に少ないのではないだろうか?私自身も下川みくにの曲は2曲ともレンタルして聴いている。

 そして、第1期にチェキッ娘ファンになり、そのまま下川みくにのファンにもなった人はどうだろうか。こういったファンは下川みくに=チェキッ娘という感覚が残っているのである意味固定的なファンと言えるが、下川みくにの出ないチェキッ娘の番組を見続けることで別のチェキッ娘に一押しを変えたファンも少なくないだろう。ただ、先日のライブではまだまだ下川みくにに対する指示は厚く、応援する声が多かったのも事実である。

 また「ファンの複数購入」という票も見落としてはならない。チェキッ娘からソロデビューした下川みくにへの応援として5枚、10枚またはそれ以上のシングルを購入したファンが相当数いたと思う。しかしその票は2ndシングルではかなり動きにくかったと思う。というのもこの曲の発売された7月は新曲ラッシュであり、チェキッ娘本体がシングル、アルバム、ビデオをリリースしているうえに、M@Mのイベント等もあり、一番最後に行われた下川みくにの曲の発売日に複数枚買うだけの余裕があったファンはさすがに少なかったであろう。ただ(前回のことは知らないのだが)今回は発売日同時イベントが横浜で行われたので、この握手会への参加のために複数枚のシングル購入をしたファンは結構いたはずである。

 今回の初動売り上げのマイナス5000枚は「一般ファンの獲得(+)」「チェキッ娘ファンからの新規ファン獲得(+)」「既存ファンの減少(−)」「複数枚購入応援(−)」の合計であり、私が考える限りでは、特に既存ファンの減少による影響が大きかったのではないかと思う。

アイドルから抜けきれないアーティストの苦悩

 下川みくにの「チェキッ娘ファンのファン離れ」にはある程度予測された理由が存在する。

 それはプロダクションサイドの「下川みくにアーティスト構想」によるものである。広瀬香美はおそらくアイドルをプロデュースするつもりはないだろう。下川みくにには自分と同じアーティストの道を歩ませようとしているはずである。その意味からすれば「アイドル集団チェキッ娘出身」というイメージは基本的には払拭しなければならない。だからこそ3月でチェキッ娘を卒業したわけであるし、私も彼女が成功できる道なのであればそれがベストな選択だったと思う。

 しかし、残念ながらファンサイドには下川みくに=チェキッ娘というイメージが強く残っており、だからこそCDもそこそこの売り上げを示している。もし、チェキッ娘ファンの下川みくにファンを全面的に無視してしまったら相当の苦戦を強いられるだろう。これはある地方のキャンペーンでの話だが、ラジオか何かの番組収録で会場の人が下川みくにと一緒に参加できるコーナーがあったのだが、そこでは前方にいたチェキッ娘のファンが完全に無視されたそうである。これはおそらくプロダクションサイドの意向なのだろうけれど、こういった態度を平気でするプロダクションにいて、下川みくには本当に大丈夫なのだろうか?そして彼女の本当の魅力と実力をきちんとした形で世に出していくことはできるのだろうか?

 このようなプロダクションサイドとファンサイドの考え方の違いが今回の2ndシングル不調の原因になっているのではないかと私は考えるのだが、この状態を現状認識のないまま放置してしまうのは問題だと思うので、この場を借りてあることを提唱したいと思うのである。

下川みくに再生計画を打ち立てる

 2ndシングルの動向は今後どうなるかわからない。前回と同じく3週くらいのチャートインで消えてしまうのか、逆にロングヒットになるのか、これはまだ1週目なので現段階では何とも言えない。しかしこの曲はこの曲として、もう次のことを考えなくてはならない。なぜなら3rdシングルはある意味で歌手下川みくにの正念場になるような気がするからだ。またこれはプロデュースする広瀬香美にとっても同じことだと思う。

 少し外を見てみよう。今、楽曲のプロデュースとしてうまくいっているのは小室哲哉とつんくあたりが代表としてあげられるだろう。彼らに共通することは「基本的に一人立ちできない歌手については自分も楽曲に参加している」ということである。具体的には華原朋美の初期の頃の曲に小室哲哉が出ていたり、太陽とシスコムーンの曲につんくの声が「これでもか!」という感じで入っていたりすることなどがあげられる。単に曲を書いて歌わせるだけのプロデュースは、ある程度の実力がついてこないとしないような傾向も感じる。また、こういった“曲介入プロデュース”はある意味プロデュースする側のアーティストのファンも取り込んでいこうという戦略的なものもあるだろう。

 さて、話を戻して広瀬香美のプロデュースで考えてみると、プロデュースされる側の下川みくにの楽曲にまだ広瀬香美自身は登場していない。手っ取り早い方法として、他のプロデュース担当者と同じようにバックコーラスで楽曲に参加するという方法があるだろう。ただちょっと今さらという感じがしないでもない。だとすればもう少し突っ込んで、少し前に岡本真夜が組んだユニットのような形で「広瀬香美&下川みくに」という新ユニットを結成して歌を作り、広瀬香美ファンまでをも取り込んでいくような、そんなプロデュースをしてみてはどうだろうか。とにかく私としては、広瀬香美プロデュースには「下川みくにのことを本当に考えた徹底的なプロデュース」を要求したいのである。

 そんな想いで『If〜もしも願いが叶うなら〜』を聞いてみると、何となく彼女の願いが聞こえてくるような気がする。

 以上、今週のコラムでした。

1999年8月15日 BATCH



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