「はい。無事に対象は捕獲されました」 そのフォニュームは画面に向かって無機質に報告する。 「ただ、予定外の人物が一名作戦に参加しておりました。 問題となるような人物ではございませんが・・・」 「はい、ではそのように手配をします。ブラックペーパーの テロ事件とでもしておけば、問題ないかと・・・」 褐色のフォニュームは一度回線を切り、別の場所をコールした。 「ストライクがいいって言ったんだからね」 若草色のドレスに身を包みアスタシアは後ろで所在無さげに 立つストライクに笑顔を向ける。 「ラグオルの新緑に映える一輪の花のイメージでして、お客様 にはよくお似合いかと」 ビロードの布の上に置かれたルビーの首飾りを指して宝石店 の店員は言う。 ここはパイオニア2でも珍しい高級嗜好品の取り揃えられた一 角で、一般的には“高級デパート"と称される場所だった。 「わかっている・・・」 なおも店員と装飾品についての会話に興じるアスタシアを後ろ から眺めながらストライクは多少の反省をしていた。 確かに何も告げずに仕事に借り出したんだからな。 勘違いするのも無理は無いのか・・・ ただ単にアスタシアのテクニック能力には信頼できるだけのレベ ルがあることを思い出して、つい誘ってしまった。 それだけのはずなんだが・・・。 「いろいろと・・・ まずかったか・・・」 「なに? やっぱりまずかったわけ!? でもOLやってた時には こんなとこ来れなかったし、どれも綺麗だし・・・」 つい、小さく声に出した言葉にアスタシアが慌てたように反応する。 視線を戻すとまた新しい装飾品。さっきのものよりも数ランク上の 指輪をちょうど店員に持ってこさせたところだった。 「いや、べつに・・・ そっちのことじゃない」 ストライクは小さく苦笑した。 「仕事が終わって金があるのは良いんだが・・・」 バルムンクはひとりごちた。凶悪なクローン生物の回収という依頼。 それなりにやばい橋を渡ったことになったがそのぶん懐は暖かい。 「やつがうらやましい・・・ か・・・」 街を歩く麗しい女性達を視線で追いながら、アスタシアと買い物に 出かけると言ったストライクを思い出しため息をつく。 「とりあえず、せめて食事に誘う相手を探さないとな」 バルムンクは視線を彷徨わす。 その視線はふと街頭に設置された空間モニターに映し出されたニュ ースへと向けられる。 レイキャシールのアナウンサーが緊急速報として"高級デパート" の爆破テロ事件を報じている。 バルムンクはその視線に殺意を持ったハンターとしての光が宿った。 「90のだんな! どういうことだ!!」 薄汚れたB級生活区の一室でバルムンクはひとりのフォニュームの 襟首を掴み上げて凄む。 「仕事が終わったところだと言うのにご苦労だな」 掴みかかられた90は特にどうといったこともないような表情でバルム ンクを見返す。 「あの依頼の最後に旦那は言ったな? 俺まで敵に回してはそっちが やばいってな」 殺意のこもった視線がさらに強まる。 「その通りだ。ストライクとおまえ、二人を敵にして、死にたくはないか らな口封じは諦めたが? おまえ、しゃべる気にでもなったのか? そ れで、俺を殺しに?」 90は口元に笑みを浮かべる。 「こいつはまずいな。俺の命も案外短い」 「だんな。あんたとは何回か組んだがこれで終わりだな。くそ!」 バルムンクは90をあらっぽく放すときびすを返す。 「残念だな。おまえの腕はかっていたんだが・・・」 「ハンターズだ。危ない橋も渡りはするが、戦場で肩を並べたやつに まで裏でこそこそされたくないんでな」 バルムンクの背中が扉の向こうへと消える。 「ふふふ・・・ さて、どうするね?」 90は薄闇の中で口元を歪めた。 「なにが起こったの?」 もうもうと視界を覆う煙と、鼓膜に残る振動に震えながらアスタシアは 何とか言葉を口にする。 「どこかで、爆発が起こったようだな。死傷者も出ている」 爆発の衝撃で崩れた天井の下敷きとなった店員を一瞥して、ストライ クは背負っていた細長いケースを開く。 「それ・・・ 刀? なんで・・・」 「こういう場所の保安機能は武装設定のフォトン発生装置に対して主眼 をおいている。鉱物の塊には無反応だ・・・」 そういうことを聞きたかった訳じゃないんだけど。 アスタシアは困った顔をする。ストライクはいつだってそうだ戦うことの ためにしか生きていない気がする。 「ぼーっとするな。ただの事故じゃないようだぞ」 ストライクはすでに立ち上がり刀を構えると辺りを見回す。 ドォォォン また振動が響く。同時に人影が視界をかすめる。ご丁寧にも都市迷彩の 施された装備を確認してストライクは表情を険しくする。 巻き込んだのか・・・ これは油断か? このオレが・・・ 「救助が来たの? さすがに早い・・・」 声を出したアスタシアの口元を制してストライクは物陰に彼女を招き寄せる。 相手はひとり、試してみよう・・・・。 「うごくな」 小さくアスタシアに告げるとストライクはゆっくりと物陰から出ていく。 相手は素早くこちらに向き直ると銃を躊躇なく構える。 タンッ 発射音とストライクの踏切の音が重なる。 「発見した! 交戦状態に入る!」 発見だと やはり巻き込んだのか・・・・ 敵が無線に叫ぶ声にストライクは舌打ちする。 走りにくいフロアを障害物を利用して距離を詰めるが、相手も手慣れて いるらしく距離を詰めきれない。 なんなのよいったい・・・ ラグオルでもないパイオニア2で殺し合いなの? ハンターズって、なんなのよいったい・・・ 震える体を必死に抑えてストライク達の様子を覗き見る。 小さく声があがる。ストライクは銃を持つ相手に刀一本で立ち向かっている。 その最中にストライクが叫ぶ。 「そこから飛べ! 早く!!」 一瞬思考が停止したアスタシアに向けて強烈な光が向けられる。 軍用ヘリ? 居住地区で・・・? 光は窓の外に浮かぶ武装済みのヘリのライトから照らされていた。 轟音が耳をつんざく。 フォトンの凶弾がフロアを砕きながらアスタシアへと伸びる。 それがフォトン同士のぶつかる消失音へと変わる。 「行動が遅い」 フォトンで形成されたシールドでヘリの凶弾を受けるストライクの 右手にはすでに刀が失われている。 「ぶ、武器は・・・?」 「始末をつけた。だが・・・・」 シールド装置が警告音を発している。ラグオルで使う戦闘装備と 言えど殲滅用の軍装備に対抗するにはあまりにも非力だ。 「わずかに時間がある・・・ まっすぐ後ろに逃げろ・・・」 ストライクはアスタシアを促す。 「だって、そんな・・・」 アスタシアは首を横に振る。出来ない。そんなことは出来ない。 心の奥でそう叫んでいる自分がいる。理由は・・・。 限界。それを悟ってストライクはアスタシアを抱きしめる。 その身が盾にすらならないことをしりながら・・・。 轟音が響きわたる。軍の救護部隊が、それを遠巻きに見る野次馬達がどよめく。 「まったく。手間かけさせやがる」 ビルの屋上で腹這いになっていた男はスコープから瞳をはずす。 「こっちはわざわざ、ごついヘリを撃ち落としてやったってのに、 抱き合ってるんだからなぁ。幸せそうにまぁ」 立ち上がり長距離フォトンライフルを似合わないギターケースに片付ける。 「さて、影のヒーローである俺様は帰るとするか・・・ 居住区にこんなもん 持ちこんでんのがばれたらライセンスを剥奪されちまう・・・」 男、バルムンクはビルの中へと消えていった。苦笑いを浮かべて。
<注釈>
★今回はリプレイ形式でなく後日談です。 相変わらず謎の組織が暗躍してますが、気にしないでください(笑)
★今回出てくるフォニューム90は通常のキュージュとは別人だとお考えください。番外編ですので。
★本当にハードボイルドかは謎です。気にしないでください(笑)