Phantasmagoria(走馬灯)
ズブリ、ズブリと私の胸にナイフが刺し込まれていく。
断続的で強烈な痛みが私を襲う。しかし、私にとって「痛み」は「快楽」だ。
今まさに殺されようとしているのに、抵抗する気はまったく無い。
むしろ殺されることにこれまでに感じたことの無い最大級の快楽を感じている。
まったく、なんて性癖の持ち主なのだろうか。私は。
いつごろだっけ…? 自分の特殊な性癖に気づいたのは。
初めて人を殺したのが15の時だったっけ…? 留守番をしていた私を犯そうとした傭兵を
包丁でメッタ刺しにしたんだっけか。あのときの感触、今でも手に残っている。
サクサクと野菜を刻むような感触。下腹部に熱いものを感じ、死体の傍らで
初めての手淫を経験した。絶頂を迎え、冷静になると自分のしたことへの
強烈な罪悪感が私を襲った。人を殺した上に手淫をするなんてなんて奴だ、と。
しかし、罪悪感に苛まれている場合では無い。人を殺したのだ、しかも傭兵を。
ばれれば自分だけでなく家族にまで危害が及ぶ。どうにかして死体を隠さねば。
ただ土に埋めるだけではすぐに腐敗して臭いでばれてしまうだろう。
どこか遠いところへ運ぶにも輸送手段が無い。一体どうすれば…?
家の裏に廃材を粉砕するための大型シュレッダーがあることを思い出した私は
死体を斧で五つ分けにし、シュレッダーにかけた。
60リットルのゴミ袋が血とミンチ状の肉片で満たされた。それをリアカーで
近くの川まで運び、川に流した。体と服にこびり付いた血を川で洗い流し、家に帰った。
両親は農作業からまだ帰ってきていない。帰ってくるまでに部屋とシュレッダーに
付いた血痕を徹底的に洗い流した。これで気づかれないはずだ、と自分に
何度も言い聞かせた。両親が帰ってきた後も何事も無かったかのように振舞った。何日も。
しかし、こみ上げてくる罪悪感ともしばれてしまったら?という心配に苛まれた私は
家を飛び出し、両親の前から姿を消してしまった。
数年後、気づけば自分も傭兵になっていた。ちょうどその時期は移民推進派と
反対派との闘争が世界各地で行われ、毎日何百人もの傭兵が死んでいた。
街には大勢の傭兵斡旋業者が居て、美味しい話で大勢の一攫千金を狙う男達を
釣っていた。私もそのうちの一人、というわけだ。だけど本当の目的は金じゃない。
「快楽」の為だ。「あの時」の様な快楽を再び感じたい、その為には
傭兵という仕事がぴったりだったのだ。人を殺しても誰も文句は言わない。
それが仕事なのだから。自分で言うのはなんだが、私は強かった。
そこら辺の男たちより頭二つ分くらい抜きん出ていたと思う。
それに目をつけたのが「ブラックペーパー」だった。
だけど、私を戦わせるのが目的ではなかった。
彼らは私を怪しげな雰囲気の研究所に連れて行き、こう告げた
「君に子供を生んで欲しい」と。
私の卵子を取り出し、見知らぬ男の精子と受精させ、それに遺伝子操作を施した上で
再び私の子宮に戻し、その子供を生むと言うのだ。
なんでも、「エクステンデッド」と呼ばれる強化人間を作るのだそうだ。
その為に私の力を借りたと言うわけだ。
子供が生まれるまでの10ヶ月間、非常に快適な環境で生活させてもらった。
貧しい農家で育った私にとって初めての経験だった。
そして出産、その痛みすら私にとっては「快楽」だった。
生んだ子には6歳になるまで会えなかった。母親としてではなく、師匠としてだ。
傭兵時代に培った戦闘術、サバイバル技術を徹底的に彼に叩き込んだ。
親として教えるべきことを何も教えることは出来なかった。
子供を育てるのではなく「兵器」を育て上げるのが私に与えられた仕事だからだ。
10歳になったとき、他の「エクステンデッド」の子供たちと戦わされた。
10人が2人になるまで、素手で殺し合わせられた。
私は息子が生きて帰ってくることをただひたすらに祈った。
そして生き延びた。血塗れの姿だったが、怪我は一つも無かった。
あとで聞いた話によると、息子ともう一人の「エクステンデッド」は他の
8人と比べ物にならない位強かったそうだ。
生き延びた記念に息子に名前をつけることにした。人でありながらその目つきは
私に「狼」を連想させた。そしてこう名づけた。
「人狼」と。
私たちはいつも二人で行動した。どの戦場でも決して別々に行動することはなかった。
二人で敵の塹壕に飛び込み、敵の中隊を壊滅させたこともあったっけ。
とにかく、私たちは無敵だった。もう人狼には何も教えるべきことは無かった。
私がBPに留まるべき理由はもう何も無い。いや、そんなのは嘘だ。
教えるべきことは何も無いから去る? 何て奇麗事を言っているのだ。私は。
人狼を、息子を一人の男として見るようになってしまったからだ。
今までに何人もの男と寝てきた。サディストの男も居ればマゾヒストの男も居た。
己の性欲を満たすためなら女とも一夜を共にした。
そして息子である人狼にまでも私は「抱かれたい」そう思うようになってしまった。
なんて女だ、私は。自分の息子に抱かれたい? とんだ淫乱女だ。
しかし、私自身の性は変えれない。やはり人狼の前から姿を消すべきなのだ。
それにもう教えることは何も無い。何度も自分にそう言い聞かせ、正当化しようとした。
逃亡決行の夜、何十人もの警備兵を音一つ立てることなく排除した。
私なら行ける、そう思っていたが事は上手くはいかないものだ。
兵舎の最後のゲートに人影があった。逆光のせいで誰か良くわからない。
その影が徐々に距離を詰めてくる。そして誰だかハッキリと解った。
人狼だ。師匠である私を、母親である私を殺すために送られたのだ。
彼には殺害の対象が誰であろうと躊躇せず殺せ、そう教えてきた。
なんて皮肉だ。私の教えが私を殺すことになるなんて。
しかし、私は興奮していた。自分の息子と殺しあえることを。
もう逃亡なんてどうでも良かった。
息子との殺し合い。この上ない背徳感が私をさらに興奮させる。
戦いの口火が切って落とされた…
――負けた…。血を血で洗う様な親子の殺し合いは私の負けで終わった。
お互い銃の弾が付き、ナイフでの戦いになった。私は右目を抉られ、人狼は私に
左腕を切り落とされた。しかし、ダメージは私のほうが大きい。
実際、地面に倒れているのは私だ。ナイフが私の肺に突き立てられようとしているが
人狼は止めを刺そうとしない。馬鹿…。「敵」が目の前で倒れているのに
止めを刺さない奴が居るかい…? とんだ甘ちゃんだよ。
そう言うと私は人狼の腕を掴みナイフを刺させた。皮膚、筋肉を突き破り
肺に刃が侵入してくる。私の口からは相手を呪う言葉ではなく喘ぎ声が発せられた。
血で肺が満たされていく。苦しい、けど気持ち良い。常人には理解出来ないであろう
感覚が私を襲う。下半身を触ると、濡れていた。その間もナイフの侵入は止まらない。
そして刃渡り20cm以上あるナイフが私を貫通した。
その瞬間、死と今までの物とは比べられない程の快感が訪れた…。
――耳障りな電子音が私を過去から引き戻した。
胸の傷が疼き、全身冷や汗でびしょ濡れだ。気持ち悪い。
鳴り止まない目覚まし時計に無性に腹が立ち、素手で叩き壊してしまった。
先週買ったばかりだと言うのに。これで何台目だろうか…? まぁいい。
シャワーを浴びたら仕事を探すついでに新しいのを買うか。簡単に壊れない物を。
――新しい一日が始まる。