降りしきる雨の中、緑の匂いがいっそう濃く感じる森の中で、サ クラは空を見上げる。 自分はシオンのことが好きになった。 特別な出会いって訳じゃなかったと思う。映画や小説のような衝 撃的な恋愛でもなかったような気がする。 ハンターズにとって冒険も戦いも生死も日常だった。自分には向 いてないと思うことのよくある日常の中で、仕事でたまたま巡り会 った男性が、大切な人になったのは、もうずっと前のような気がする。 いまではすべてが日常としてそこにあったから、サクラは自然と シオンのことを考えることが多くなっていた。 「こんな時、シオンならどうするかな」 なにかの決断の時、ことさらハンターズとしての決断ではそう考 えることが多くて、つい口に出してしまう。 「シオン・・・」
フローラは目の前の自分より大人である女性の背中を見ながら、 サクラの言葉を小さく反芻する。 自分ですら兄を呼び捨てにすることなんてなかったのに、 彼女はそれを許されているんだ。当然のこととして。 つい涙がにじむ。形に出来ないやるせなさが胸を満たす。 「ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだよ」 急にかけられた言葉にびっくりすると目の前にサクラの顔がある。 「ただ、ハンターズとしてどうするかなって。そう思って」 困ったような笑顔。それが印象深くて、フローラは適当な方角を指さす。 「兄様ならきっと、こっちに行きますわ」 自分の方がきっと兄のことをよくわかっている。 絶対そうなんだと思いたくてフローラは先に立って歩を進める。 サクラは「そうだね」と頷いて後に続く。 しばらく無言で歩く二人。雨音は二人の足音も消してしまうほど。 だが、サクラはそれに気づいた。 「敵よ!」 素早く地を蹴ると、あわてて返事をしセーバーを構えるフローラを ちょうど追い越したところで、サクラは長刀をまっすぐに虚空へ向けて突き出す。
だが、同時に獣の咆哮が響きわたった。突き出された刃はちょう ど飛び込んできた獣の腹に突き刺さっている。 「さすがにお強いですね」 すでにことが終わったことに対してフローラは感心するように言う。 「兄様ほどではなくともも・・・ たよりになりますわ・・・」 「あの人は特別だもの」 フローラの言葉の後半がかすれて小さな独り言のようだったため か、サクラには聞こえなかったようだった。 「強くて、優しくて、そしてなにより、仲間を思う気持ちの強さ」 サクラは初めて心の底からの笑顔をフローラに向ける。 「一緒に冒険すると、それがすごくわかる。安心する」 「と、当然ですわ。私の兄様なんですから」 また、こぼれそうになった涙を拭ったフローラは、もう、嬉しい のか、悲しいのか、悔しいのか、はっきりとわからなくなっている 自分に気がついていた。